
いつもおきな軒菓子舗を温かく見守り、応援していただき、本当にありがとうございます。
本日は、私たち家族とお店にとって、ひとつの大きな節目を迎えましたので、これまでの歴史への感謝と、これからの決意を込めて、少しお話しさせてください。
珠洲の地で紡いできた、おきな軒菓子舗の歴史
おきな軒菓子舗は、石川県珠洲市(すずし)の地で、長年にわたり和菓子を作り続けてきました。
看板商品の「たいこ饅頭」や「ふくさ」、季節の和菓子など、地域の皆様の日々の生活のなかに、私たちの作ったお菓子が寄り添えたことは、何よりの誇りであり喜びです。
看板商品の「たいこ饅頭」や「ふくさ」、季節の和菓子など、地域の皆様の日々の生活のなかに、私たちの作ったお菓子が寄り添えたことは、何よりの誇りであり喜びです。
しかし、2024年1月1日に発生した能登半島地震により、私たちの暮らしと大切な場所は一変してしまいました。珠洲市にあった店舗兼住居は大きな被害を受け、かつての姿のままお菓子を作り続けることが難しくなってしまったのです。
2024年夏、ひとつの節目。店舗兼住居の公費解体の終了!
震災以降、多くの方々に助けられながら、私たちは前を向いて歩んできました。
そしてこの度、2024年の夏をもちまして、珠洲市にあった店舗兼住居の公費解体がすべて終了いたしました。
そしてこの度、2024年の夏をもちまして、珠洲市にあった店舗兼住居の公費解体がすべて終了いたしました。
生まれ育った家、毎日工場に立ち、お菓子を焼く甘い香りで満ちていた店舗が形をなくしていく姿を見届けるのは、胸が締め付けられるような寂しさがありました。
ですが、更地になったその場所を見つめたとき、不思議と悲しみだけではなく、「ここまでお店を支えてくれた建物への、心からの『ありがとう』」という感謝の気持ちが湧いてきました。形は変わってしまっても、ここで紡いできた歴史や、地域の皆様と交わした笑顔の記憶が消えることは絶対にありません。
お菓子の力を信じて。これからも能登の味を届け続けます
店舗兼住居の解体は、ひとつの終わりのようであり、私たちにとっては未来へ進むための大切なスタートラインでもあります。
震災後、小松市の「道の駅こまつ木場潟」さんや、野々市市の「1の1 NONOICHI」さんや、羽咋市の「道の駅のと千里浜」さんなど、たくさんの温かいご縁に恵まれ、再びたいこ饅頭を皆様にお届けできるようになりました。また、故郷・珠洲の「道の駅 すずなり」さんでの限定販売など、能登との繋がりも大切にし続けています。
「どんなときでも、おきな軒菓子舗のお菓子を食べてほしい」「珠洲市の銘菓であるたいこ饅頭は無くさずにしたい」と
その強い想いは、震災前も、今も、これからも変わりません。
店舗はなくなっても、私たちの和菓子作りの魂と、能登への愛は生き続けています。
店舗はなくなっても、私たちの和菓子作りの魂と、能登への愛は生き続けています。
ひとつの節目を終え、おきな軒菓子舗はこれからも皆様に笑顔をお届けできるよう、一歩ずつ力強く歩んでまいります。これからの新しい挑戦も、どうぞ温かく見守っていただけますと幸いです。
今後ともおきな軒菓子舗を、どうぞよろしくお願いいたします。
またまた役所の方から電話がかかってきて、今度は仮設商店街のお話をいただきました。現在、製造をおこなっている正院町の仮設店舗です。その歴史の続きはパート7でお話させていただきます。

珠洲市の和菓子屋「おきな軒菓子舗」の3代目店主 瀬戸一盛(せといっせい)です。
高校を卒業後、金沢の和菓子屋で7年間修業し、震災以降珠洲市と野々市市の2拠点で家業を継ぎながら生活。
2019年:製菓衛生士取得
2024年:一級菓子製造技能士取得(和菓子)
2025年:金沢市ものづくり奨励賞受賞
ホームページURL :https://okinaken.jp
仮設店舗:珠洲市正院町地区仮設商店街 – Google マップ

instagramURL:おきな軒菓子舗 せと(@okinaxuan) • Instagram写真と動画

